2018-11-01から1ヶ月間の記事一覧
破壊的カルトについて書かれた本はたくさんある。 私が最初に読んだのは、こういった世界では有名な『影響力の武器』(ロバード・B・チャルディーニ 誠信書房)である。心理操作とその作用について基本的なことが書かれてある。 『カルトに傷ついたあなたへ…
一度掴んだ、 「選ばれた信者として、欲と怒りと戦って”求道”していればいつか絶対の幸福が得られる」 という一種の信心は、容易には手放せない。 こちらのほうが信じ易いからである。 但しその安心も一時的である。 だから今日も聴きに来られたからと少し安…
カルト教団でも一応は「ただいまの救い」ということを看板に掲げていた。 しかし実際は捨て物を拾わせるような教えで、救いからは程遠い状態であった。 そうなると今度、信者はどのような心境に陥るか。 「救われると言われながら救われない自分」が苦しくて…
このブログは”信者の心”という観点で書いている。 かつての私の心であり、それを見る脱退してからの今の私の心でもある。 何を言っても届かず、未だに抜けられない人。私はそんな人の気持ちもよくわかる。自分がそうだったからだ。 信じて来たことを否定する…
このブログは破壊的カルト集団の一員を経験された方も、そうでない方も読んでくださっている。現に今所属中の方はどうかわからない。 だから一つの教団にとらわれず、カルト的集団の信者のこころという観点で書いている。 実際、宗教に限らず、いわゆるカル…
「申し訳ない」「申し訳ない」・・ 信者の頃、教団内でよく聞いたり言ったりしたものだ。 大抵は教祖に対して。例え他の人達に合わせたポーズであっても。 相当、お金の問題を抱えているようであるが、また言われるがままに「申し訳ない、申し訳ない」と「出…
信心獲得したらいい。 但し異安心ではなくて。 そうでなくとも、真宗ではまずそれが先である。
端的に言うと、 教祖は自力を勧めている。 それを善の勧めと言い換えてだましてきた。 あるいは変なたとえ話を使ったり、しまいには屁理屈で。 信心決定ということがあるとしても、教祖は、それを獲信者としての己だけの特別なものとしておきたいようである…